沢山働いた専門学校時代

専門学校生の時学費を自分で支払わないとならなくて、3つバイトを掛け持ちしてました。

 

一年で約100万入れなきゃなりませんでしたが、親は収入があり補助金を受ける事が出来なかったのでバイトと学校の生活で毎日追いかけられてました。毎月10万学費用に貯金をして、家賃以外の生活費は全て私持ちでした。月末が其々給料日だったのですが、月の半ばから本当にお金が無くて苦しかったです。

白米は炊けばあるのですが、おかずが無い時等は焼き肉のタレをかけて食べてました。老人ホームの夜勤の時は検食をして無料で夕飯を食べてました。お風呂は友達宅やバイト先が老人ホームの夜勤だったので、夜勤明け施設のシャーワーを借りてました。

居酒屋でバイトしている時は賄い飯を夕飯にしてました。

 

こんな感じで食いつないで、何とか生活費を浮かしつつ生きてました。どうしても煙草だけは手放せず、給料日前に昔ホープと言う2つお買い上げで200円ちょっとの煙草がありました。それを一つだけ売って貰い煙草屋のおばちゃんに随分助けて貰いました。洋服は全てリサイクルショップで購入してました。友達が要らない洋服を大量にくれたので、それを売ったりしてた事もあります。

冬風邪をひいた時は本当に辛かったです。友達が薬を買って来てくれて治した事もあります。人に助けられて生きてました。

 

一番割りの良かったアルバイトはキャバ嬢でした。基本週2回やってましたが、支払いが出来なくなりそうな時は当日急遽出勤も出来たし日払いで御給料も頂けました。時給3000円なので貧乏な私には救世主でした。キャバ嬢の先輩はキャッシング地獄に陥っていたので、自分は手を出さないようにしよう・・・と気を付けていました。(※お金を借りる風俗嬢

 

三年生になると就活もあったので、3年分の学費を2年で貯めてましたので辛かったけど、就活はしっかり出来ました。あの時沢山働いたし嫌な事も我慢出来る様になったので社会人になった今とても役にたってます。




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